- SFさんの基本情報
進学先 | Northwestern University(ノースウェスタン大学) |
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専攻 | Mechanical Engineering ,Applied Math |
副専攻 | Music |
GPA(4段階) | 4.0 |
TOEFL・IELTS | TOEFL 100点 |
SAT・ACT | SAT Reading 680 Math 800 |
主な課外活動・受賞歴 | 地学部、テニス部、サマーキャンプ、研究レポート執筆
科学オリンピック、奨学金 |
合格した大学 | (米)Northwestern University, UC Berkeley (日)東京大学理科一類〈一般受験〉 |
卒業年度 | 2021-2025 |
出身高校 | 地方私立 |
受験校数 | (米)リサーチ大学10校 (日)国立 1校 〈一般入試〉 |
- 海外進学を考え始めたきっかけは何ですか?
- もともと僕は研究志望だったので、大学院からは海外に行きたいと思っていました。学部から海外進学しようと思い始めたのは高校の先生に勧められたことがきっかけです。
本格的に海外大に行こうと思ったのは高校2年の夏ごろです。スタンフォードのサマープログラムに参加したのですが、キャンパスとか研究設備とかがやっぱりすごくて、海外大に行きたい思いも強まりました。また、学部からアメリカに行った方が海外の大学院に行きやすいかなとも思いました。
- 受験する際に、大学でやりたいことは決まってましたか?
- 乱流の研究です。高校2年くらいから興味を持っています。
中学1年の頃に読んだ高分子化学の本で、クラウンエーテルの話とかが出てきて凄く面白かったんですけど、そういう化学の本では説明するのが難しいところを全部「量子論が説明してくれる」と書いていたんです。「それなら、量子論がわかれば大体の謎は解けるのでは?」とぼんやりと考え始めたのが物理に興味を持ったきっかけです。
その後物理を勉強し始め、関連して湯川秀樹さんとか南部陽一郎さんとかの本も読みました。特に南部さんは量子論の研究でノーベル賞を受賞した日本を代表する物理学者なのですが、その人の次に立ちたいと生意気ながら思っていました。彼は94歳で亡くなったのですが、80代後半に流体の研究をするために勉強を始めたって言ってたんですよね。そんな高名な研究者が余生を費やしてまで流体力学を勉強し始めた理由って何なんだろうって気になって興味を持ち始めました。
流体力学って結構抽象的な部分が多いので、そこに統計力学とか量子力学とかを応用していきたいなと考えています。具体的には乱流の研究がやりたいんですが、それって基本的には博士レベルの研究なんです。だから今は自分で本を読んだり、上の学年の授業とったりして、乱流系の本が読めるように準備しています。あわよくば学部の間に基礎の勉強は終わらせてしまいたいと考えています。
- 海外進学に関して、周囲からの反対はありましたか?
- 学校からは反対はありませんでした。むしろ海外進学を勧めてくれました。
親は海外なんて一切考えたことのない人だったので、初めて言った時は「は?」という感じだったのですが、事後報告が多い僕が言い出したことなのでもう心は決まってるんだろうなって思われたんじゃないかな。親としては僕が海外にいくことに関して特に心配はしないけれど、お金は払わないから自分で何とかしてねという感じでした。
- どうやって志望校を決めましたか?
- ノースウェスタン大学はリサーチ大学の中ではリベラルアーツ色が強い学校なんです。僕はピアノをやっていて、大学の附属の音楽院で授業が受けられるのが魅力的でした。実際、結構すごい先生にピアノを直接教えてもらえたので、音楽の授業がしっかり受けられるのは嬉しいですね。あとはキャンパスが綺麗っていうところでしょうか。
- エッセイに書いたことの中で印象的なもの、自信があったエッセイはありましたか?
- 周りから評判良かったエッセイはコモン・アプリケーション用のものです。
僕エッセイ書くのがすごく苦手で、心が日本人なので日本的な美意識、耐え忍ぶとかそういう話ばかりになってしまうんです。実際僕の高校時代は結構努力した話ばかりで薄暗いんですよね。アメリカ人の心には響かないんだろうなと思いました。
そこで楽しく書ける話って何だろうって考えた結果、ピアノについて書きました。結構物語っぽくクリエイティブな感じで書いて、最後は「ショパンが空の上で船漕いでる」みたいな話で終わる変なエッセイです。でもこれが許されるのがアメリカ(笑)。
真面目な話をすると、自分が悩んでいた哲学的な疑問をピアノの経験を通して解決したという感じのエッセイです。哲学的な部分の自分を見せました。
一方、自分が好きだったエッセイはカリフォルニア大学バークレー校に出したものです。
高校時代、僕は地学研究部の副部長だったんですけど、輪に入りづらそうにしている部員が何人かいたんです。でも彼らもいろんなプログラムを通して他の部員と仲良くなることができたっていう話です。
怪盗グルーのミニオンをもじったジョークを書きました(笑)。黄色いTシャツ着て部員みんなが会議してる様子が、映画でミニオンが集まってロケット作ってるシーンと重なって見えたんです。でも、エッセイ読んでくれた友達はみんな怪盗グルーのことなんて知らない人ばかりで理解してもらえず、評判が悪かったです。僕はとにかく楽しさを伝えたかったんですけどね…。
- エッセイを書くときに気を付けたことは?
- 日本っぽい意識が滲み出てしまわないようにしたことです。アメリカ人受けするように書きました。
あとは、文字制限に合わせて書こうとしないことです。どうせ添削でいっぱい消されて終わる運命なので、600語のエッセイなら少なくとも800語は書いた方がいいです。いらない部分をどんどん削っていくことで内容の濃いエッセイが書けるんじゃないでしょうか。
だから誰かにたくさん添削してもらうのも大事ですね。僕も自分一人だと書けなかったと思います。
- エッセイで苦しんだこと、悩んだことはありましたか?
- エッセイを書く時に「自分探し」というものをします。例えば「自分が誰よりも詳しい知識」「自分の中で絶対譲れないルール」とか。ですが、僕はその「自分を定義するもの」を見つけることができなかった。
というのは、どの分野をとっても僕の周りにはいつも僕より優れて個性的な人がいて、「結局、僕は何も特別でないんだ」と考えることがよくありました。 けど、それを逆にとって、「(僕はまだ出来上がった人間ではないけれど、)新しいことを学んで成長する喜び」にフォーカスして文章を書くことにするとうまく行ったような気がします。
恥ずかしながら、出願エッセイでは無駄に少し大人びた文章を書いたり、よく分かってないことを分かったようなふりをして書こうとした所が多々あります。それでも、出来る限り偽らず「等身大の自分」を伝える文章が書けたのでエッセイはある意味自信を持って提出できました。
- 受賞歴はどんなことを報告しましたか?
- 地学・物理・化学オリンピックの全国大会でそれぞれメダルをとったことと、柳井正財団の奨学金、俳句で入選したことを書きました。
- 課外活動はどんなことをやりましたか?どうしてその課外活動をやったんですか?
- 地学部の副部長、テニス部のキャプテン、スタンフォードのサマーキャンプに加え、カルマン渦についてのレポートを書いたり、気象予報士の資格をとったりしました。
カルマン渦のレポートは、高校3年の時に書いたんですけど、内容が専門的すぎて高校の先生に質問してもわからないと言われたので、世界中の教授に手紙を100通ほど送りました。意外にも複数の返事をいただけて、日本の気象庁やアメリカのUCARの研究者、またプリンストン大学やコロンビア大学のポスドクの方達にアドバイスをいただきながら書きあげました。このレポートの執筆には割と力を入れて取り組みました。
気象予報士資格とオリンピックの勉強をしたのは地学部の先輩の影響です。それぞれ別の先輩なのですが、「僕もこの先輩みたいになりたい」「どういう視点で物を見てるのか知りたい」という想いで後を追いかけました。
- TOEFLとSATはどうやって勉強しましたか?
- TOEFLは参考書を買って、本がボロボロになるまでひたすら独学で勉強しました。
僕はそれまでずっと英検の勉強をしてきたので、Reading, Listening, Writing は英検1級の勉強の応用でした。一方、Speakingは最後まで本当に苦手でした。ネットに参考問題が落ちているのをかき集めて、時間を計って自分でぶつぶつ言って練習していました。
SATの方は、プリンストンレビューとかブラックブックとか昔のSATの本とか、いろいろ買って全部過去問を解きまくりました。全部自分で頑張ってやりましたが、正直あんまり伸びなかったです。
- 誰に推薦文をお願いしましたか?
- カウンセラーとしては、海外担当の先生に書いてもらいました。体育会委員長、応援団、テニス部キャプテンとして頑張っていたことを中心に書いてもらいました。
他は、高三のクラス担任だった英語の先生には、僕の英語力と、韓国での国際交流プログラムのことと、生活面で何を頑張っていたかを書いてもらい、数学の先生と地学の先生には、オリンピックや気象予報士資格の勉強のことを書いてもらいました。
ピアノの先生にも短めの推薦状を書いてもらいました。
- 日米併願をされていますが、受験のプロセスの中で一番苦労したことはなんですか?
- 日米の受験準備を両立することです。
高三の夏までに日本の受験勉強を一通り終わらせ、夏の化学や物理オリンピックの対策をし、冬にはカルマン渦のレポートを書き上げ、同時にTOEFLやSATを何度も受けたり、エッセイをしあげたりと、色々なことを急ピッチで進めていかなければなりませんでした。
本当に時間がないので、苦手科目はできるだけ早めに潰しておいた方がいいと思います。
僕は数学が苦手で長い間放置していたので、日本の受験数学は、アメリカの出願が落ち着いた1月になってから猛スピードで勉強しました。夏までにある程度全部終わらせておかないと本当に時間ないと思います。
- 東大に半年行って良かったですか?
- もちろんです。半年間、東京にある留学生向けの寮に住んでとても楽しかったです。
それに、東大の皆がどんな感じの進度で勉強しているか肌感覚でわかったので、アメリカの大学に来てからも彼らに負けてられないと思い刺激になっています。
- 受験中にやればよかったと思うことは?
- 早いうちにTOEFLの対策をしとけばよかったと思います。TOEFLの存在を知ったのが中学3年だったので間に合いませんでした。英語力が理由で落ちてしまった大学もあるので、せめてTOEFLは110くらいとっとけばよかったなと思います。
- 受験生へのメッセージはありますか?
- アメリカの大学の環境は生かすも殺すも自分次第です。
正直レベルの低い生徒も結構いますが、選べばいい友達にも出会えるし、やる気さえあれば教授も応えてくれます。教授はメールを書きさえすれば、質問にもすぐ返事をくれるし、おすすめの本とかも教えてくれます。成績さえ良ければどんどん次の授業を取ることもできるので、僕は来学期大学院用の授業を取れることになりました。
あと、高校ではやりたいことやるのが大事!
僕は好きなことやってたのが結果として全部受験に繋がったと思います。
オリンピックも気象も受験のためにやっていたというよりは好きでやっていたことです。大学受験のためにいろいろ課外活動を選ぶ人も結構いますが、大学に受かるためだけにする勉強は無意味だと思います。自分の好きなことをやる方が、大学を卒業してからも楽しい思い出になるんじゃないでしょうか。
編集者ひとこと
海外経験が全くないにもかかわらず、SATもTOEFLも全くの独学で勉強したと言う彼。
どんな環境でも自分で立てた目標に向かって着実に努力できる人なのだと思います。
そんな彼は今、乱流の研究に熱中しているようで、物理学者・南部陽一郎さんの次に並ぶという夢もきっと実現してくれるのではないでしょうか。
「アメリカの大学という環境は生かすも殺すも自分次第」という言葉が印象的でした。
与えられた環境から何を得るかは自分の意識次第で随分変わってくると思います。
私も自分のいる環境を最大限に活用できるように志を高く持ち続けたいと感じました。